JOY(ジョイ・イングリッシュ・アカデミー)

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Last Journey(33)コアハウスでホームスティ

 久しぶりに、ベルギーのゲント市に住むパットさんの家でホームステイさせてもらっています。最後にホームステイをしたのは、確かカナダのレスブリッジ。カーリング交流の一環でした。あれからもう30年ほど経つでしょうか。今回は、それ以来の、そして人生でも貴重な経験になりそうです。

 パットさんの家は「コアハウス(cohousing)」でした。コアハウスという言葉、聞いたことがありますか? 私はまったく知りませんでした。とてもヨーロッパ的な暮らし方で、特にベルギー、オランダ、デンマーク、ドイツ、スウェーデンでは、かなり普及しているようです。

 コアハウスの基本的な考え方は、複数の家族や個人が一つの敷地内にそれぞれの住居を持ちながら、キッチン、食堂、庭、洗濯室、ゲストルームなどの共用スペースをシェアして暮らす、というスタイルです。この程度なら日本にもありそうですが、パットさんが暮らすコアハウスは、その先の先を行っている印象でした。

 このブログで紹介するにはスペースが足りません! 写真もたくさん撮ったので、帯広に戻ったら、何かの機会で話すことができればいいのですが。どうやら、ゲントは「コアハウスの聖地」ともいえる場所だったようです。

Last Journey (32)デ・バックさんとの再会

 フェルディナンド・デ・バックさんと初めて会ったのは、1975年、金沢市でした。私は就職で大阪へ行く途中。デ・バックさんは姉妹都市交流の一環でベルギーのゲント市から来日。その日、通訳を務める予定だった大学生が体調を崩し、急きょ私が半日通訳になったのが出会いでした。それ以来、交流は続いていました。

 1977年、私は会社を辞め、帯広で英語学校「ジョイ」をスタート。そのとき、校舎のデザインに参考にさせてもらったのが、建築家だったデ・バックさんの自宅でした。つまり、ジョイの最初の校舎は、彼の家がモデルだったのです。

 デ・バックさんは、その後もジョイのために来日してくれたり、生徒たちにプライズを送ってくれたりと、私にとって心強いサポーターでした。そんな彼が2007年に他界。いつかお墓参りに行きたいとずっと思っていました。それが今回、息子さんのパットさんのおかげでようやく実現したのです。

 午前中にゲントに到着し、パットさんの運転でお墓へ。こらえていたつもりでしたが、50年間の感謝の気持ちがこみ上げ、自然と涙がこぼれました。

 その後、デ・バックさんのかつてのご自宅へ。私はここを過去に2度訪れたことがあります。1度目はジョイを始めたばかりの頃。2度目はジョイ20周年の年、赤いバラを20本持ってサプライズ訪問しようとしたのですが、見事に失敗。今回は3度目の訪問でした。今は違う人が所有しています。リノベーションで少し雰囲気は変わっていましたが、屋根の形はあの頃のままでジョイの初代校舎とそっくりでした。こちらが真似したのですから、当然ですね。デ・バックさんとの思い出がぎっしり詰まった、特別な1日になりました。

Last Journey (31)ブルージュでランチ

 各国の物価を簡単に比較することはできませんが、ベルギーのブルージュでのランチをご紹介します。場所は街の人気の広場に近いレストラン。写真を見ての通り、名前はモーツァルトなんでしょう。クラッシックの雰囲気などまったくないランチでした。

 注文したのは、サラダ、オムレツ、パエリア風チャーハン、スパークリングウォーター(中瓶)。サラダはとてもおいしかったです。他の2品はまあまあ。ウォーターは抜群においしくて、もっと飲みたかったけれど、値段を考えてやめました。

 これで合計75.50ユーロ。1ユーロ172円で計算すると12,986円。感じ方は人それぞれでしょうが、私には高い! なぜかレシートには日本語の表示が。日本人観光客は見かけませんでした。ブルージュで2日間滞在しましたが、見かけたのはわずか2組程度でした。円安が厳しいですね。

Last Journey(30)思い出のユース

 

 人生で初めてのユースホステルはブリュッセルでした。でも、そのホステルがあまりにひどくて、ユースを使った旅にすっかり自信を失っていました。ところが翌日、偶然知り合った東京からの大学生と一緒にブルージュへ行くことになり、その街がとても気に入りました。そこで「今日はユースに泊まろう!」ということに。そのユースはとてもきれいで、集まっていた若者もいい人たちばかり。おかげで、ユースを使った旅を続ける気持ちになりました。そんなわけで、ブルージュのユースは私にとって特別な思い出の場所です。

 今回の旅では、当時のメモをもとに駅前から歩き始めました。なにせ50年の年月が流れていて、記憶はほとんど残っていません。歩くこと30分──「こんなに遠かっただろうか?」と自分でも疑いたくなるくらいでした。

 途中、家の前で車を掃除していたおじさんに「この近くにユースホステルはありませんか?」と聞いてみると、「3つ目の通りにあるよ」との返事。もう涙が出そうになりました。「もしかしたら、50年前に泊まったユースかもしれない」──そんな思いで、その通りを歩いていくと、ありました! 建物を見て、当時の写真と比べてみると、今でも面影がしっかり残っていました。

 受付にはアレクサンダーという青年がいて、日本に来たことがあるとのことで、少し日本語を話し始めてくれました。ラッキー! 日本にも興味があるようで、私の話をとても喜んで聞いてくれました。

 現在は「ユースホステル」という名称ではなく、「Europa Hostel」という名前になっていました。建物は増築したようで少し違うみたいでしたが、雰囲気や空気感は変わっていません。

 ただひとつ違うのは宿泊料。当時は確か朝食と夕食付きで1,800円ぐらいだったと記憶していますが、今は朝食付きで36ユーロ(約6,120円)とのこと。でも、時代は変わっても大切な思い出は色あせません。

Last Journey (29)ブルージュ、赤の街

 ベルギーのブルージュに来ました。50年前の旅では、パリからベルギーのブリュッセルに入り、1泊しました。あのときは、大都市が続いたせいか、田舎者の私はリラックスできず、ずっと緊張と不安の中。「この先、大丈夫か?」と自分に問いかけていたのを覚えています。そんな中、少しホッとできたのが、このブルージュでした。

 中世の趣が残る小さな街で、運河が流れ、「北のベニス」とも呼ばれています。静かで美しく、とても魅力的な場所でした。そして、私にとってヨーロッパで一番か二番に好きな街になったのです。

 ちょうど今、街の中心にある広場では、かなり大規模なコンサートが開かれていました。流れていたのはロック。古い街並みとは一見ミスマッチに思えるのに、不思議なほどよく合っていて、若者から年配の方まで楽しんでいました。

 そして、新たに気づいたことがひとつ。この古い街並みに一番似合うのは、ブルー(青)ではなく、レッド(赤)かもしれません。赤レンガの建物、灰色の石畳、そして人々の笑顔。ここは、本当に心が落ち着く、そんな街です。

Last Journey (28)ユーロスターに

さあ、パリからユーレイルパスを使った鉄道の旅の始まりです。初日は、いきなりヨーロッパの国際高速列車・ユーロスターに乗車。緊張感は前日からありました。予約は本当にちゃんと取れているのか? メールでは「あれをしろ」「これをしろ」と色々と指示が来るけれど、大丈夫なのか……。でも、実際に乗ってみると、意外とスムーズでした。

ひとつ困ったのは荷物置き場。思ったよりスペースが小さく、早めに乗らないと使えない仕組みです。結局、大きなスーツケースは私の足元に置くことに。

車窓からの風景は、まるで十勝平野を走っているかのようでした。牧草ロールもできていて、懐かしい光景です。ただひとつ違ったのは、風力発電の風車(wind turbines)があちこちに立っていたこと。パリからベルギーのブリュッセルまでは、十勝以上に雄大な景色が広がっていました。町も少なく、トンネルも一つだけ。快適な1時間半の旅でした。

Last Journey (27)旅の楽しみ

 シャルル・ド・ゴール空港からパリ市内のホテルへ向かう列車の中で、前の席に座っていたのがヴィンセントさんです。英語がとても上手だったので、最初はフランス人だとは思いませんでした。こんなことを書くと、フランスの方に叱られてしまうかもしれませんね。

 話を聞くと、イギリスで学生生活を送った経験があるとのこと。現在は弁護士をしており、今回は仕事でアメリカへ行った帰りだそうです。そんな彼が実は食通で、特に日本食が大好きだということで、話が大いに盛り上がりました。学生時代に日本人の友人もいたそうで、そこから日本の食文化に興味を持つようになったのだとか。

 思いがけない出会いでしたが、とても良い時間を過ごせました。あっという間に列車は北駅に到着。

Last Journey (26)フランスの物価は?

 旅行に来る前から、友人やテレビ、ラジオの放送などを通じて、ヨーロッパ諸国の物価の高さについては聞いていました。では実際はどうなのでしょうか? ランチは、ホテルのフロントで教えてもらったビストロへ。フロントの男性は「リーズナブルですよ」と言っていました。

 注文したのは、トマトサラダ、オムレツ(卵3個とのこと)、チーズバーガー(なぜかフランスで)、デザートにクレープ、それにペリエ。すべて1つずつ頼みました。味はというと、帯広の平均的なお店くらいでしょうか。ただ、さすがフランス、店の雰囲気はとても良かったです。

 チーズバーガーは14.90ユーロ。1ユーロ173円で換算すると、2,577円。今日のランチは日本円で7,473円。確かにこれだけ出せば、帯広ではもっと美味しいものが食べられますね。金額的には、やはり日本よりは高いですね。でも、50年前に初めてフランスに来たとき、最初に食べたサンドイッチが日本円で600円だったという記憶があります。そのときの私の感想は、「こんなに物価が高かったら、3カ月もヨーロッパを旅するなんて無理だ。どうしよう……」でした。あの頃は、1ドル=300円の時代です。

 それを思えば、今は「こんなもんか」と思えます。むしろ、1ドル=70円台だった2010年のころが、異常だったのかもしれません。

Last Journey (25)空港ホテルでひと騒動

 18日(金)午後6時、予定通りシャルル・ド・ゴール空港に到着。入国手続きもスムーズで、いざホテルへ。初日のホテルは夜の到着を見越して、空港近くにとっておきました。行き方は事前にChatGPTで確認。空港内の無料シャトル「CDGVAL」に乗り、「Terminal 3 – Roissypole」(CDGVAL Line 1)で下車。所要時間は約3〜5分。

 ところが、いざ現地に着くと、CDGVALの乗り場がなかなか見つからない。迷っているうちに、タクシーの運転手が声をかけてきました。「疲れているし、荷物もあるし、近いならタクシーで行こうか」と。その親切そうな運転手が荷物を押してタクシーまで案内してくれたのですが、乗る前に念のため「ところで料金はいくらですか?」と聞くと、「40〜50ユーロ」との答えが。

 今や1ユーロ=180円の時代。50ユーロは8千円! ChatGPTの調べでは「10〜15ユーロ」とあったのを思い出し、勇気を出して「すみません、やっぱりやめます!」とお断りしました。以前の私なら、こうは言えなかったと思います。結局、Chatの指示通りに行動したら、ホテルは駅の目の前。もちろん、無料でたどり着けました。ChatGPTに感謝!部屋も広くて快適!

 でも、ここで終わらないのが今回の旅。なんと、ホテルのWi-Fiでブログの管理画面に入れず、更新ができないトラブルが発生。助けてくれたのは、JOYのホームページを管理してくれているソラリンクの佐竹さん。どうやらセキュリティ対策の一環で、海外からの管理画面アクセスが制限されていたのが原因だったようです。こうして無事、ブログも再開できました!

 

Last Journey (24)JALでパリへ

 

 50年前の旅では、エールフランスを利用しました。当時の写真も残っています。そして今回も、同じくエールフランスで行こうと考えていました。何しろJALは高く、私のような庶民には手が出ません。その点、エールフランスは、昨年調べた時点で往復20万円少々。しかも直行便です。私はこの「直行便」にこだわっていました。というのも、これまで何度か、乗り継ぎ便で荷物が届かないという経験があったからです。

 ところが、驚きました。海外路線は1年前から購入できますが、ちょうど1年前の発売日に格安航空券サイトをチェックすると、希望する日のエールフランスの運賃はまだ出ていませんでした。目を疑ったのは、なんとJALが出ていたのです。しかも、東京・パリの往復で22万円! びっくりしました。即座に購入を決めました。「なるべく昔の旅を再現しよう」という私の考えは、あっけなく崩れ去りました。お金には勝てませんでした。

 JALのフライトはやはり快適でした。揺れもなく、富士山が美しく見送ってくれました。

 

Last Journey (23)桃井先輩と

東京です。小樽商科大学英語部の先輩で公認会計士の桃井さんに夕食をご馳走になりました。ジョイ50周年を前にぜひ会いたかった人です。松下電器をやめて帯広で英語学校を始める際に、相談しました。桃井さんは反対はしませんでした。やるなら、きちんと投資してやった方がいいとアドバイスをもらいました。クラブで英語を指導してもらい、そして、今でもいろいろアドバイスをもらっています。54年の付き合い? こんな素晴らしい先輩に出会えたのはラッキーです。

Last Journey ( 22 )  旅立ちの日

今回の旅のことが16日付十勝毎日新聞に大きく出ました。最後まで完走することができるどうか自信がなかったので、最後まで取材を受けるかどうか迷いました。でも、自分を奮い立たせるためにもお願いすることに。これで出発準備完了。私の旅に同行するのはカメラバッグと中型の旅行カバン。

箭原顕さんが作曲し、歌ってくれた「Last Journey」のテーマ曲が私の心の中で流れ始めました!

田代さんが空港まで送ってくれました。偶然、洋子さんは仕事で東京へ。賑やかな出発に。そして、ロビーで今やベストセラー作家の井上裕之と久しぶりに会いました。あともう少しで著書が100冊になるそうです。20年前に英語の授業をしながら、私がいいアドバイスをしていたとか。うーん、そのアドバイスに従えば、今頃私がベストセラー作家になっていたのかも。

ランチは阿部一先生と。来年の50周年イベントの打ち合わせ。楽しみがまたひとつ増えました。

 

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