JOY(ジョイ・イングリッシュ・アカデミー)

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Last Journey(43)ハウスボートに住む人

 アムステルダムでもそうでしたが、コペンハーゲンにもハウスボートに住んでいる人がけっこういます。運河沿いの道を歩いていたら、ちょうど作業をしている人と目が合い、つい声をかけてしまいました。

 コペンハーゲンでは、ハウスボートに暮らす人が年々増えているようです。自然や水辺を好む人、独自のライフスタイルを求める人、あるいは経済的な理由から住まいを選ぶ人まで、背景はさまざま。デンマークでは、ハウスボートでの居住も法律的に認められているそうです。

 話しかけたその方も、40年前に奥さんと出会い、それ以来ずっとハウスボートで暮らしているとのこと。3人の子どもたちもここで育ち、近所の学校に通っていたそうです。

多様な生き方が当たり前になってきた今、こんな暮らし方もあるのだなと実感。でも、正直なところ、私には無理かも。毎日、船酔いしそうです…。

Last Journey(42)人魚姫の像と円安

 アンデルセンの人魚姫の像は、コペンハーゲンの人気観光スポットです。50年前は見逃してしまいそうな地味な像でしたが、今回は誰にでも場所がすぐわかるほど有名になっていました。観光客の数もすごく、大型バスが次々と止まり、お土産屋さんまでできていて、すっかり“観光地”になっていました。

 像の近くの駅で電車を降りたとき、日本語が聞こえてきました。ヨーロッパに来てから、日本人観光客にはあまり会いません。声をかけてみたら、九州から来たカップルでした。楽しく会話が弾み、なんとランチまで一緒することに。残念ながら、顔出しはNGとのことで写真は載せませんが、なんと連絡先を聞きそびれてしまいました! もしこのブログを読んでいたら、ぜひ一報ください。何枚か写真があります。ちなみにそのとき食べたランチプレートの値段は日本円で約4,800円。さすが北欧、物価の高さを実感しました。

 日本人観光客が少ない理由の一つは、やはり円安でしょう。歩き疲れて立ち寄ったカフェで頼んだカフェラテとクレープを見てください。東京・銀座あたりだとこれくらいするかもしれませんが、帯広で住む人間には、この値段には驚きました。

Last Journey(41)チボリで考えたこと

 50年ぶりにチボリ公園に行ってきました。まず驚いたのは、コペンハーゲン中央駅の目の前にあったこと。今ならその立地のすごさがよくわかりますが、若い頃はそんなことにも気づいていなかったかもしれません。

 当時の私にとって、チボリは「年配者がのんびり集まる場所」というイメージでした。しかし、今回訪れてみて、子どもから大人までが夢中になって楽しめるアナログ遊園地へと見事に生まれ変わっていました。

 アナログ的でありながら、ノスタルジーと現代性をうまく融合させている空間。単なる遊園地にとどまらず、市民の憩いの場であり、文化の場としても発展しています。若者が楽しめるライブや音楽イベントも。9時からのライブを、なんと4時ごろからステージ前で待っている若い女性がいました。声をかけると、「毎回こうして待つのが楽しみなの」と。有名なバンドじゃないけど、それでもいいのだそうです。

 デンマークは、世界でもっとも幸福な国のひとつとして、国際的なランキングでも上位に入っています。高福祉・高税制のバランスが取れている社会の中で、人々は「温かくて心地よい時間(ヒュッゲ)」を大切にし、人とのつながりや日常の小さな幸せに価値を見出しているようです。これは、私たち日本人も学ぶべきことかもしれません。

 かつて、北海道でも北方圏諸国から学ぼうという動きがありました。しかし、経済が低迷するにつれて、その関心も薄れてしまったのは、少し寂しい現実です。

Last Journey(40)列車での出会い -3-

 朝6時に起きて、7時8分発のコペンハーゲン行きの列車に乗る。コンパートメントにはすでに女性がひとり。イギリス人で、息子さんが住むスウェーデンのストックホルムが最終目的地とのこと。

 話してみると、英語がとてもわかりやすい。今までイギリス英語には少し苦手意識があったけれど、こんなに聞き取りやすいなんて。ジョイの先生にいいかも、なんて心の中で思ってしまう。聞けば、元・幼稚園の先生だったとか。なるほど、納得。

 次にやって来たのは、強そうだけど笑顔が可愛いドイツ人の男性。ベルリンから、スウェーデンにある別荘に向かう途中らしい。イベント会社に勤めていて、話がとにかく面白い。そして、驚くほど英語がうまい。高校時代にアメリカでの留学経験があるとのこと。

 気づけば、5時間の列車がすっかり私の英会話教室に。1等車のいいところは、いろんな人と出会えて、自然と会話が生まれること。ただ、話に夢中になりすぎて、車窓からの写真を撮る時間がほとんどなかったのが、ちょっと残念。

Last Journey(39)列車での出会い -2-

  RheineからOsnabrück Hbfまでの列車の旅は、とても素晴らしいものでした。人生で初めて、2階席に座る体験をしました。ユーレイルパスの魅力のひとつは、1等車を利用できることです。

 隣に座っている女性は、アムステルダムで不動産業を営んでいるそうです。声をかけてみると、偶然にも彼女もハンブルクへ向かうところで、すぐに意気投合。列車の中では、いろいろな話に花が咲きました。

 もともとはご主人の仕事の関係でインドからオランダに来たとのことですが、今ではオランダでの暮らしをとても気に入っているそうです。本当に感じのいい方で、なんと車中でのランチにパンまで分けてくれました!

 ハンブルク駅では、列車を背景にツーショットを撮って別れました。もちろん、Facebookでも友達になりました!

Last Journey(38)列車での出会い -1-

 アムステルダムからドイツ・ハンブルグへの列車の旅が始まりました。乗り込んだコンパートメントに入ると、男の子が顔をくしゃくしゃにして大声で泣いていました。お父さんに事情を聞くと、なんとアムステルダム駅にカバンを忘れてきたとのこと。列車はすでに走り出していて、カバンの中には大事なカードや小物、現金も入っていたそうです。

 一家はアルゼンチンから来た旅行者で、ご夫妻は歯科医。そんな絶体絶命のときに現れたのが、オランダ人の列車スタッフ。「私に任せなさい!」とばかりに電話をかけまくり、ついに駅にカバンが残されていることを突き止めました。

 とはいえ、旅を続けている家族がそれを受け取るのは簡単ではありません。でも幸運なことに、彼らの友人もヨーロッパを旅行中で、アムステルダムに立ち寄ってくれることに。無事に一件落着! 私は思わず「あっぱれ!」と声を上げ、記念写真を撮らせてもらいました。 

 泣いていた少年の笑顔が、今度は本当に輝いていました。そして、このことがきっかけで、Rheine駅で列車を乗り換えるまでご夫妻と楽しい会話が続いたのでした。

Last Journey(37)オランダでメキシカン

 アムステルダム最後の食事は、なんとメキシコ料理店へ。「どうしてオランダでメキシカン?」と思う方もいるかもしれません。その理由は、ゲントでお世話になったパットさんの息子さんがこのお店のオーナーだったからです。

 これが、まさに革命的なメキシカン!正直、私はあまりメキシコ料理が得意ではなかったのですが、これは本当にうなりました。出てきたすべての料理が美味しくて感動。

  店の名前は「Bacalar(バカラール)」。アムステルダムに行ったら、ぜひ立ち寄ってみてください。おすすめです!

Last Journey(36)Vicの友人のJohnと

 ジョイのVic先生の友人・Johnが、隣町のライデンからアムステルダムまで会いに来てくれました。お互いに「こんなにいい人はいない」「知り合えて本当にラッキーだった」と言い合える関係。そんなふうに言い合える友人がいるというのは、なんて幸せなことなんでしょう。

 そして、Johnの息子さんがまたすごかった! まだ9歳だというのに、英語でのコミュニケーションがまったく自然。会話のキャッチボールが普通にできるのです。さすがオランダ。

EF(Education First)が毎年発表している英語能力指数(EF EPI)によれば、オランダは2024年版で116か国中堂々の第1位。納得です。

 ちなみに、iPhoneでその様子を動画に撮らせてもらいました!

Last Journey(35)カレル・ポアリーさんと!

 今朝はなんと私の好きなジャズピアニストの一人、カレル・ポアリーさんとコーヒータイム。今回偶然facebookで繋がりました。彼は日本で人気のヨーロピアン・ジャズ・トリオの初代ピアニストで、その後、カレル・ポアリー・トリオとして活動しています。

 私は初期の頃から大好きで、アルバムはほとんどもっています。持参したジャケット(特に私のお気に入り)にサインしてもらいました。その後、2人でアムステルダムを散策しながら、ジャズ談義。至福の時間でした。

Last Journey(34)小橋さん&トニーに再会

 オランダ・アムステルダム在住の小橋敦子さん(ピアノ)とトニー・オーバーウォーターさん(ベース)に再会! 昨年6月、幕別百年記念ホールでのライブですっかり魅了されて以来の再会でした。

 ランチをしながら楽しい会話を交わし、さらに最新アルバムのプレゼントまでいただきました。このアルバムは、すでにFM-JAGAでも紹介済みです。

 ランチの後は、トニーさんの車で観光客があまり行かないような穴場スポットへ。そして最後は、二人がライブや録音に使っているスタジオにも案内してもらいました。まるで夢のような午後でした。

 またいつか、十勝の空の下で二人の演奏を聴ける日を楽しみにしています。

Last Journey(33)コアハウスでホームスティ

 久しぶりに、ベルギーのゲント市に住むパットさんの家でホームステイさせてもらっています。最後にホームステイをしたのは、確かカナダのレスブリッジ。カーリング交流の一環でした。あれからもう30年ほど経つでしょうか。今回は、それ以来の、そして人生でも貴重な経験になりそうです。

 パットさんの家は「コアハウス(cohousing)」でした。コアハウスという言葉、聞いたことがありますか? 私はまったく知りませんでした。とてもヨーロッパ的な暮らし方で、特にベルギー、オランダ、デンマーク、ドイツ、スウェーデンでは、かなり普及しているようです。

 コアハウスの基本的な考え方は、複数の家族や個人が一つの敷地内にそれぞれの住居を持ちながら、キッチン、食堂、庭、洗濯室、ゲストルームなどの共用スペースをシェアして暮らす、というスタイルです。この程度なら日本にもありそうですが、パットさんが暮らすコアハウスは、その先の先を行っている印象でした。

 このブログで紹介するにはスペースが足りません! 写真もたくさん撮ったので、帯広に戻ったら、何かの機会で話すことができればいいのですが。どうやら、ゲントは「コアハウスの聖地」ともいえる場所だったようです。

Last Journey (32)デ・バックさんとの再会

 フェルディナンド・デ・バックさんと初めて会ったのは、1975年、金沢市でした。私は就職で大阪へ行く途中。デ・バックさんは姉妹都市交流の一環でベルギーのゲント市から来日。その日、通訳を務める予定だった大学生が体調を崩し、急きょ私が半日通訳になったのが出会いでした。それ以来、交流は続いていました。

 1977年、私は会社を辞め、帯広で英語学校「ジョイ」をスタート。そのとき、校舎のデザインに参考にさせてもらったのが、建築家だったデ・バックさんの自宅でした。つまり、ジョイの最初の校舎は、彼の家がモデルだったのです。

 デ・バックさんは、その後もジョイのために来日してくれたり、生徒たちにプライズを送ってくれたりと、私にとって心強いサポーターでした。そんな彼が2007年に他界。いつかお墓参りに行きたいとずっと思っていました。それが今回、息子さんのパットさんのおかげでようやく実現したのです。

 午前中にゲントに到着し、パットさんの運転でお墓へ。こらえていたつもりでしたが、50年間の感謝の気持ちがこみ上げ、自然と涙がこぼれました。

 その後、デ・バックさんのかつてのご自宅へ。私はここを過去に2度訪れたことがあります。1度目はジョイを始めたばかりの頃。2度目はジョイ20周年の年、赤いバラを20本持ってサプライズ訪問しようとしたのですが、見事に失敗。今回は3度目の訪問でした。今は違う人が所有しています。リノベーションで少し雰囲気は変わっていましたが、屋根の形はあの頃のままでジョイの初代校舎とそっくりでした。こちらが真似したのですから、当然ですね。デ・バックさんとの思い出がぎっしり詰まった、特別な1日になりました。

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