Rob Robison 1993-1996

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IMG_0162.jpg It's been awhile since I've had the chance to visit Obihiro and as 2007 draws to a close, I find myself thinking back fondly to my three wonderful years at Joy.

To be honest, at first I doubted the wisdom of signing on with Joy Academy. I had spent three years in Sapporo teaching English and, to be blunt, moving to Tokachi seemed a bit like being exiled to Siberia. But as I talked with Urashima-san and David about Joy and their vision for English education, I sensed a commitment and professionalism that one simply doesn't find in the run-of-the-mill "eikaiwa" school. It didn't take long for me to realize I'd stumbled onto something special.

I owe everyone associated with Joy, colleagues and students alike, a debt of gratitude. You've done the near-impossible: created a place of real learning that's more home than mere school. Besides introducing me to my future wife, former English House Joy teacher Kotomi Tsukaya, you helped me broaden my horizons personally and professionally. It was at Joy that I found a knack for editing and writing. You've given me enduring friendships and helped me discover and develop gifts I never knew I had.

I can say without hesitation or hyperbole that my experience at Joy was life-changing. Thanks again.

All the best. And here's to the next 30 years!

Rob Robison (Joy Academy teacher 1993-1996)
Copy Editor
Dow Jones Newswires, Tokyo Bureau

中島弘枝

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浦島先生、30周年おめでとうございます!

先生が JOY開校案内のビラを手に、当時 小さな書店を経営していた母のもとにやってきたのが、まだ小学生だった私と、先生との始めての出会いでした。当時は洒落たテキストブックなどもなく、“JOY”と刻印された紙製のバインダーに挟まったテキストコピーで授業が行われていたのを思い出します。

私は先生に、“おおかみ”とあだ名をつけられ、皆勤賞がほしくて、深い雪をこいで、JOYに毎回、頑張って通ったものです。JOYでの思い出は沢山あるのですが、なかでもよく覚えているのは、JOYの前の 公園の空き地で行われたジンギスカンパーティーと、貸し切りバスで行った、浦幌のロラン局への遠足です。 先生に、とにかく恥かしがらずに、外人に声をかけろといわれ、私たち子供は、外人とあれば“サイン、プリーズ!!”と“ピクチャ!ピクチャ!”などど、わけのわかない英語で、外国人の方と せっせと記念撮影をしたのを今でも覚えています。でも、そう思えば、当時は一台の貸し切りバスに乗れるほどの生徒数だったんですよね〜。

しかし、30年とは、すごいことです・・・。JOYがこれだけ長い間、みなに愛されてきたのは、JOYが“英語学校”以上の“なにか”をもっているからなのだと思います。浦島先生をはじめ、スタッフ全員の温かさと一生懸命さが、この歳月を経て、なんともいえない“Joyならではの”Joy カラー“をつくりあげたからではないでしょうか。

私もあっという間に、海外生活が16年を過ぎてしまいました・・・ドイツで骨になるのかとおもっていたのに、なんと最近、カリフォルニアへ移住してきてしまいました。 ここにきて またもや英語の再勉強です・・・あ〜ため息!

これからも、“JOY“にふさわしく、笑顔の絶えない、楽しい英語のコミュニティづくりに励んでください。応援してます。 いくつになっても”老化“しない先生が 私は本当に不思議でたまりません・・・ 英語界の熱血森田健作・・ってところでしょうか・・(笑)。40周年とはいわず、50周年記念を目指して、がんばってくださいね。そのときには私も是非、パーティーに参加したいです。

津久田典子

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浦島先生、David、Staffの皆様、JOY30周年おめでとうございます。Joy Academy会員ナンバー1番の津久田(旧姓西部)でございます。

ブログを読むと皆さん昔を振り返っているので私もがんばって20年弱のJOYとの歴史を振り返ってみました。私と浦島先生の出会いは、NCカルチャーセンターの英会話教室でした。教室が始まるなり、今もそうですが、親父ギャグを連発していました。私自身、親父ギャグが好きなのでケラケラ笑っていましたが、ほとんどの人々は、"シーン"っとしていた記憶があります。その後、私はロサンゼルスに留学しましたが、浦島先生に英語の相談ではなく、何と、恋愛の相談をしていた記憶が蘇って来ました。アドバイスになったかどうかはわかりませんが、今は、良き夫(その時の人物ではありませんが)と2人の子供に恵まれ東京で暮らしております。

ジョイニュースが来るたびに先生や帯広の生徒達もがんばっているなぁと感じています。私も負けてはいられないぞ!っと英語を学んで数十年が経ちますが、発音の勉強を始めました。そして、浦島先生を見習い、人々を幸せにしてあげれるような会社を創りたいと先日、設立しました。これからも、先生の愛嬌でみんなを幸せにしてくださいね。
そして、JOYの益々の発展を心から応援しております。

最後にパーティ前日のメッセージで申し訳ありませんでした。何事も前日にならないとしない性格で・・・

千田潤一

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JOY開校30周年おめでとうございます。

これからも、英語のやる気を帯広から全国に発信し続けてください!

浦島さんとJOYさんが、お父様が愛したあの木のように、ますます繁栄されますよう、
那須高原からお祈りしております。

(英語トレーニングのICC代表)

PS: 私は来年6月、還暦を初孫とともに迎える予定です。ママ(次女)も、パパ(北大生)も、20歳です。

岡田(ハウザム)淳子

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ジョイ30周年記念本当におめでとうございます。

浦島さんとは大学卒業間近に「働きに来てもいいぞー」と声をかけていただき、KLMオランダ航空に受かったことを報告すると「いろいろな経験を積んでまたそのうちに十勝に戻ってきたら」とアドバイスしていただきました。

そしてその言葉どおりその後KLMを辞めてジョイで1年間通訳&翻訳の仕事をさせていただいたのですが、その時の経験は短くても本当に貴重なものとなり、その後定住することになったイギリスから一時帰国で十勝に戻ってくると今でもジョイのスタッフの方たちとお会いするのが楽しみになっています。

現在はヨーロッパで同時通訳の仕事をしていますが、今があるのもまずはあのジョイでの1年間があったからこそなんですね。ちなみにそれを忘れないよう仕事の会社名も浦島さんにご了解いただきJOY ukとつけています!

楽しく学べる英語教育を十勝に広め、文字通りWords to the worldで世界中にネットワークを広げてこられたのも浦島さんの人との間に垣根を作らないお人柄のせいだと思います。 どうかこれからもお元気でご活躍ください!

(元ジョイ翻訳担当スタッフ、イギリス在住)

桃井邦義

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JOYも30年ですね。本当におめでとう! 浦島さん、君との出会いは、36年前の小樽の“緑が丘”だったと思います。私が小樽商科大学の3年生で、君はほやほやの一年生。長く息の切れる地獄坂と呼ばれる校門への坂道を登りきり、まだしっかりたたずんでいた木造の、我々が六百二十番教室と呼んだ大きな講義棟の真下にある小さな英語部(ESA)の部室に、君がそのあどけない顔を見せたのが始まりでしたね。

音楽が大好きだった君は時々ギターを手に現れ、その頃流行っていた吉田拓郎などのフォークソングを弾き出しました。私たちは先輩、後輩という関係だけではなく、音楽を通してすぐに仲間として打ち解けましたね。4年生の先輩と私達で、ザ・マミローズというフォークトリオを組み、クラブの夏の合宿では、歌謡コンテストなる子供じみた催しでいつも優勝していたことを思い出します。

1年生の秋はクラブ活動も真っ盛りで、君は北海道英語連盟主催のスピーチコンテストの学内予選を通りました。我がクラブEASは、そんなイベントが新入生を鍛えるまたとない機会ととらえ、先輩とのマンツーマンで大会に向けた特訓を行うことが慣例でした。私は迷いもなく君とのペアーを選び、二人で夜遅くまで何から何まで準備しましたね。「青い空とトイレットペーパー」なるスピーチは、いまでも君の中にしっかりと宿っていて、すぐにスピーチを始めることができることと思います。そして見事入賞!

君は時々、あの時のことが自分の英語に対する出発点になったと話しますが、私はそうでないかも…と思うのです。ESAは文科系クラブにもかかわらず、その底流はなんと体育会系クラブでしたね。夏の積丹半島での合宿は、体を鍛え腹式呼吸での発生を基礎とすべく朝の海岸マラソンで始まり、満天の星に向かって大声で何度となく自分の名前を叫んで終わったものでした。でも何といっても一番は、「何かに打ち勝つこと」を学んだのではないでしょうか。ディベイトやスピーチコンテストといったイベントも試合ですし、自分が設定した目標に何としてでも打ち勝つのだというクラブの伝統を学ぶことができたと私は思っています。そのためには「何事も継続してやり遂げるんだ」ということでしたね。

このことは、社会に出てから様々な時点で役に立ったと自負しています。君は松下電器産業に就職して、しばらくして私を訪ねてきました。狭い部屋の中で夜遅く顔を突き合わせながら、今北海道に帰るか迷っていること、帰ったら英語塾をやろうと思っていることなど、ぼそぼそと話してくれたことを思い出します。それからしばらくして、君が帯広でイングリッシュハウス・ジョイという学校を開いたことを聞きました。後で君自身が話してくれたことですが、私は、「よくありがちなスーパーの2階などで英語塾などやるよりも、まずは借金をして学校を建てなさい」と言ったそうですね。実はそのことはあまりよく覚えていません。でも、何かより高い目標を持ち、それに向かっていけたらと思って言ったことに違いありません。それは、自分に打ち勝つことですし、きっと自分に厳しくあれとしたことなのでしょう。

こうして君は、次から次へと自分に目標を立てそれを成し遂げてきました。まさしく、同じ学窓で味わった英語部の伝統を守り、それを発展してきたのですね。やっぱり何事も最後までやり遂げたいし、そしてなし遂げた後の喜びはなんとも言えないものです。

私は、妻の顔を見るたびに君に感謝しています。君は、33年前に私に小さな宝物をくれたました。それはあの時、私の家に立ち寄った際、近くの神社の境内で撮ってくれた一枚の写真であり、私のお見合い写真として、見事すばらしい奥さんのゲットにつながったのですから(私事で恐縮です)。

浦島さん、これからもわが母校の英語部の伝統を守り続けましょう。それは青春の真っただ中にいることなのですから。そしていつも尊敬の念を持って応援し続けています。

(東京在住、公認会計士)

米山博子

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ジョイ設立30周年、心よりお祝い申し上げます!

1977年、それまでお勤めだった松下電器を辞め、故郷に戻られ、ジョイをスタートなさったのですね。私が大樹で、やはり英語教室”Open Sesame”(やけにこの名前気に入ってくれてましたよね)を開設したのが、その5年後です。浦島さんの高校時代の同級生の方のご紹介で、英語教室を始めるに当たり、色々お話をお聞きしたいとお伺いしたのが、浦島さんとの出会いでした。

授業の様子を見学させてくださったり、使用教材のこととか、本当に、ご親切に色々教えてくださいましたよね。とても感激して帰ってきたのを覚えています。その後も、私の生徒を伴って”All English Day”に参加させていただいたり、色々と交流を持たせていただきました。

しかし、私の方は、丸7年英語教室をやって自分なりに満足し、新たな挑戦をすることしました。子どものときからずっと興味を持ち、行きたいと思っていたアフリカ。大学時代に知り合った友人を頼りここガーナに来たのが1989年。以来、すっかりアフリカにはまってしまい、日本語教師をやりつつ、ガーナに住んで13年半になりました。そろそろ、また、新たなる転機がくるかなぁなんて思う今日この頃です。

浦島さん、これからも更なるご活躍を!! 熟年よ、大志を抱け!!

(ガーナ アクラ在住)

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ジョイ30周年とガーナ独立50周年を祝って、秘蔵写真提供。ついに”アフリカ熱”にやられたかも・・・

Hans and Alison von Dietze (2003-2005)

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Congratulations to JOY for reaching yet another milestone. 30 Years is a wonderful achievement. Our memories of Obihiro are still fresh. We left two and a half years ago, but since we still live in Japan, we visited one year ago. It was nice to see so many friendly faces again.

We are now living in Kanagawa-ken, basically on the outskirts of Tokyo, in a small suburb called Fuchinobe. It is not a well known place, but we like it. There are rice fields, narrow streets and small temples. It is also where we work, so, unlike many people here, we don't have to commute. We can walk.

Obihiro will always hold a special place in our hearts. Our son, Nicholas was born there. Even now, we often talk about our time with you in Hokkaido. We made many friends too, and are happy that some have visited us over the years. We hope this will continue.

To everyone connected with JOY, we wish you health and happiness, and thank you for giving us the opportunity of getting to know you. Looking forward to the next 'Butadon Club Meeting'!!

Happy 30th Birthday.

Hans and Alison

Braden and Erin Cannon (2004-2006)

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We can hardly believe that it is one year to the day that we left Japan for our Asia trip. We had a wonderful time in Thailand, Cambodia, Vietnam, China, Mongolia and Russia. Braden took some really beautiful photos. I'll have to get him to send them along. I think they would look great in a coffee table book!

Right now I am working as a home support worker for adults with mental disabilities. I work in two different homes with some really great people. I count myself lucky, as I really enjoy my job, although I am not such a huge fan of the night shifts.

Braden is a student again. He has decided to go to grad shcool at Dalhousie University to get his masters in Library and Information Studies. His primary interest is archiving and I think he is well on his way to working towards that career. In the summer he worked a contract at the Dalhousie Archives. Right now, he'll be working as a part-time archives assistant while attending school. He really enjoys this and is excited about the new school year. He has also been keeping himself very busy. Recently, he won a grant from the Atlantic Film Co-op to make a film. He will be shooting his short film this weekend, and doing all the hand processing himself.

I think our experiences in Obihiro will always be with us. Braden has found a kyudo dojo in Halifax, but is a bit dismayed because they practice a different style then he is used to. I am busy reading every single Haruki Murakami book that I can lay my hands on. I think I only have one more to go. Also, as of late, I have been going a bit crazy with sudoku. It's very addictive. We've been thinking about maybe doing a language exchange because we are forgetting so much of what we learned. A few months ago we hosted a Japanese dinner party and served all of our favorite foods (curry, edamame, gyoza, okonomiyaki, yakisoba, hi-chew, pocky...) Braden wore his Kimono and I wore my tabi socks. We were lucky to find a really great Japanese grocery not to far from our apartment, so that we can stock up on all our favorites.

We would love to hear how all the teachers and students are doing. We really wish Japan wasn't so far and expensive to travel to. We'll have to visit again one day... Please pass on my email to anyone who would like to drop us a line. Happy 30th anniversary to JOY!

Take care,
Erin and Braden

マケンナ(旧姓小島)理加

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ジョイ30周年、おめでとうございます!

「ジョイって、楽しいよ〜」という友人の言葉に誘われて、通い始めたのが高校1年生の時。浦島先生には、「(英語ができなくて苦労するだろうから)おまえは行くな!」と言われてしまったにもかかわらず、高校3年生の夏から1年間、アメリカの高校に留学しました。大学卒業後はジョイの講師として、社会人の一歩を踏み出しました。

留学当時は、アメリカに永住することになるとは夢にも思いませんでしたが、英語を習っていたおかげで、いろいろな可能性に挑戦する機会に恵まれて、嬉しく思います。先日、アメリカの大学で4年間勤めた留学生アドバイザーの仕事を辞め、現在はデータベース関係の仕事に転職しようと勉強中です。

毎年帰省する度にお邪魔していますが、ジョイはいつもあたたかい場所で、スタッフの皆さんは楽しい方ばかりです。これからの益々のご発展をお祈りいたします。

(元生徒、元講師:95−97年、アメリカ/ペンシルバニア州在住)

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